ぶらり 桜島 鹿児島 指宿

風船アイコン 平成21年5月9日(土) 快晴

午前中で肥薩線の「SL人吉号」の撮影を無事終了。

「観光ぶらり旅」の最初は、桜島。
人吉から九州自動車道で国分へ、そして桜島へ。

桜島(さくらじま)は、鹿児島県の錦江湾にある東西約12km、南北約10km、周囲約55km、面積約77km2の半島であり、大隅半島と接続している。 御岳(おんたけ)と呼ばれる活火山によって形成され、頻繁に噴火を繰り返してきた歴史を持ち、2009年現在も小規模な噴火がある。

ぶらり 桜島 鹿児島 指宿
ぶらり 桜島 鹿児島 指宿


烏島展望所

烏島は文明7年(1475)の噴火の際に出来た周囲500mの小島。
烏がたくさん生息していたので烏島と呼ばれたということです。

大正3年の大噴火では、噴煙が約8,000mも上昇し、約1カ月にわたり30億トンもの溶岩が流出。このときの溶岩流によって、桜島は大隅半島と陸続きとなり、沖合い500mにあった烏島が呑みこまれ、完全に埋没しました。
(写真をクリックすると大きな写真をご覧いただけます。大きくなった写真をクリックすると元に戻ります)
左から2枚目 「烏島この下に」

烏島展望所
烏島展望所
烏島展望所
烏島展望所
烏島展望所
烏島展望所
烏島展望所
烏島展望所


湯之平展望所

桜島中岳の中腹標高373m地点にある展望所。ここから仰ぎ見る南岳の山容や噴煙を上げるさまはまさに圧巻。眼下には鏡のように穏やかな錦江湾と鹿児島の市街地、南は開聞岳まで一望できる県内随一の景勝地だ。と案内には書いてありましたが、
この日は錦江湾は残念ながら・・・でも山肌はすごかった。

湯之平展望所
湯之平展望所
湯之平展望所
湯之平展望所

埋没鳥居(黒神)
埋没鳥居(黒神)
埋没鳥居(黒神)

大正3年1月12日の桜島大噴火。溶岩が流出し、袴腰と黒神方面で8つの集落が溶岩で埋没しました。黒神では約700戸が火山灰に埋もる大惨事でした。高さ3mの原五社神社の鳥居は上部だけを残して埋まってしまいました。
この鳥居を大噴火の記念物として後世に残すことにし、昭和33年に県の文化財(天然記念物)に指定されています。


有村溶岩展望所

1946年の大爆発で流出した溶岩原の小高い丘にあり、眺めが良い。
少し汗ばむ気候ですが、全長1kmの溶岩遊歩道を歩きました。
桜島を2周しましたが、角度によって異なる桜島を堪能し、

フェリーで鹿児島へ向かいます。

有村溶岩展望所
有村溶岩展望所
有村溶岩展望所
有村溶岩展望所

おひさま 明けて5月10日(日) 快晴

昨夜は、鹿児島の歓楽街「天文館」で泊まりました。
結構夜遅くまで賑やかなのでちょっとびっくり。
それとちょっと不思議に思ったのは、レストラン街と飲み屋街が、結構分かれている=すみ分けができている感じがしました。

さて今日は、
前に夫婦で鹿児島を訪れたのは35年前。私は、その前にも何度か訪れているが、蒸気機関車と共に旅をしていた私には「無縁」だった観光地を巡ります。

昨年の「篤姫」ブームは、想像できます。
でもここは「薩摩の国」。当然「島津氏」関連の観光が多くなります。


照国神社(てるくにじんじゃ)

島津家28代当主島津斉彬(なりあきら)は安政5年(1858年)7月に50歳で急逝するが、文久3年(1863年)には勅命で照国大明神の神号が授与され、かつて東照宮が建っていた場所に神社の建立が始まる。明治6年(1873年)には県社に指定、明治15年(1882年)には別格官幣社に昇格。斉彬の功績と明治維新での薩摩藩の役割が考慮されたと考えられる。

敷地内には斉彬の銅像がある。他に、その遺志を継いだ弟・島津久光や甥・島津忠義の銅像もある(wikipedia)

右が、島津斉彬公像

照国神社(てるくにじんじゃ)
照国神社(てるくにじんじゃ)
照国神社(てるくにじんじゃ)
照国神社(てるくにじんじゃ)

西郷隆盛像
西郷隆盛像
西郷隆盛像

薩摩藩の下級武士であったが、藩主の島津斉彬の目にとまり抜擢され、当代一の開明派大名であった斉彬の身近にあって、強い影響を受けた。斉彬の急死で失脚し、奄美大島に流される。復帰するが、新藩主の実父で事実上の藩主の島津久光と折り合わず、再び、沖永良部島に流罪にあう。しかし、家老小松清廉(帯刀)や大久保の後押しで復帰し、元治元年(1864年)の禁門の変以降に活躍し、薩長同盟の成立や王政復古に成功し、戊辰戦争を巧みに主導した。(wikipedia)


磯庭園

仙巌園(せんがんえん) 別名磯庭園

1658年(万治元年)に第19代当主であった島津光久によって造園され、その後も歴代当主による改築が重ねられてきた。借景技法を用い、桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てた素晴らしい景色と広大な庭園が特徴で、1958年(昭和33年)に国指定名勝となった。

幕末には第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業(集成館事業)を起こした。1857年(安政4年)には、園内の石灯籠にガス管をつないで点火させ灯火として用いたことから、日本のガス灯発祥におけるルーツの一つとして挙げられる場所にもなっている。(wikipedia)

島津家の節句幟・・島津家のしきたりとして、長男は、7本。次男以下は、丸十を除く5本を端午の節句に立てる(右の写真)

左から「正門」 「ガス灯を灯けた鶴灯籠」

磯庭園
磯庭園
磯庭園
磯庭園
磯庭園
磯庭園



仙巌園付近を散策

近代産業確立のために、外国から招いた技師の住まいが異人館です。
正式名称は旧鹿児島紡績所技師館(下 左)

薩摩焼は、文禄・慶長の役の頃、当時の藩主島津氏が朝鮮から連れ帰った李朝の陶工たちによってはじめられました。
大きく分類すれば
★白薩摩(白もん)
藩主向けの御用窯で、金、赤、緑、紫、黄など華美な絵付を行った豪華絢爛な色絵錦手が主である。
★黒薩摩(黒もん)
大衆用の日用雑器として焼かれていた陶器で、鉄分含有量が多い土を用いるため、黒くなる。
今回は「礒お庭焼」の窯元を訪ねた。
法人(会社)で、日曜日なのに丁寧に案内して下さり「絵付」の作業等を見学せて頂きました。
仕事の手を止めて説明していただき感謝。

左から「異人館」 「四季を描く」 「香炉」

仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策
仙巌園付近を散策

清水の魔崖仏(指宿)
清水の魔崖仏(指宿)
清水の魔崖仏(指宿)

鹿児島を後にし、指宿へ。
今日は「砂ぶろ」に入りたい。
宿には午後3時ごろに入ろうって思い、知覧近くの「魔崖仏」にだけよることにした。

この魔崖仏に最後に彫刻したのは、吉田知山(ちざん)という旅のお坊さんで、「十一面観音像」「阿弥陀如来像」等を線ではなく、浮彫で彫っています。明治28年の事です。


西大山駅

「砂ぶろ」「砂風呂」って言いながらも、「西大山駅」によります。

西大山駅(鹿児島県指宿市山川大山)は JR 指宿枕崎線の駅で、本州最南端の駅である。
南南西には、薩摩富士の別名をもつ開聞岳(かいもんだけ;標高924m)が見える。

西大山駅
西大山駅
西大山駅
西大山駅
西大山駅
西大山駅
西大山駅
西大山駅


長崎鼻

おひさま 5月11日(月) 快晴 長崎鼻

砂ぶろとおいしい料理、奇麗な景色・・・なりよりも「ゆったりとした時の流れ」
さて今日は、昨日素通りした「知覧」へ向かいます。
まず「長崎鼻灯台」・・
開聞岳は、少しもやっていますが、旅に出て5日目、ずっと快晴のままです。

長崎鼻
長崎鼻
長崎鼻
長崎鼻

枚聞神社(ひらききじんじゃ)
枚聞神社(ひらききじんじゃ)
枚聞神社(ひらききじんじゃ)

開聞駅近く「枚聞神社」
創始の年月日は社伝でも不明であり、かなり古くからあった神社と考えられている。元々は開聞岳を神体とする山岳信仰に根ざした神社であったと考えられる。少なくとも1200年ちかい歴史があると思われる。


池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港

池田湖は、約5500年前の火山活動によってできた周囲15km、水深233mの九州最大の湖です。体長2m、胴回り20cmの大うなぎが棲息しており、幻の怪獣「イッシー」の湖としても有名です 。

知覧は、1945年沖縄戦の特攻基地となり多くの若者がここから飛び立っていきました。

知覧町の北部中心部の麓地区には、武家屋敷が今も残っており、美しく整然とした町並みは、古くから「薩摩の小京都」と呼ばれています。

武家屋敷は、庭園が見学できる。観光客も少なく、ちょっと汗ばむ陽気だがゆっくりと散策しました。
これで、鹿児島・指宿観光は終了。
Toppy(トッピー =トビウオ)で種子島に渡ります。

左から「池田湖」 「武家屋敷群」 「トッピー」 「知覧」

池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港
池田湖→知覧特攻平和会館→武家屋敷群→鹿児島港



チューリップ 「撮影行」から「観光」へ
大阪のように交通渋滞を考慮しなくてよいので、前日に移動距離から概ねの所要時間を割り出せる。見学の時間も考慮し、後はナビに指示するだけ。
昔と違って簡単だし、ハラハラ・ドキドキもない。
還暦だし、その方が「楽」なんだけれど・・・人間贅沢を言ったらあきませんが。

さて、いよいよ「島めぐり」の旅へ。
種子島・屋久島へ。
2009/5/30  0:30 記

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