谷瀬のつり橋

風船アイコン 「つり橋紀行」が続きます。
ここも、ず~っと以前・・30年以上前の「ツミほろぼし旅行」です。
結婚した頃、蒸気機関車の撮影旅行にも家内とよく行きました。
そして、鉄路沿いにしか旅しない私にとって「観光地は逃げない」が口癖でした。
「いつかまた来ようね」と言って観光地に寄る事のなかった「旅」でした。

それから30年以上が経ち、観光地にも寄る「ぶらり旅」です。

おひさま 7月17日午後・大阪を出発。
今は、紀伊田辺まで高速道路が整備されている。
それこそ30年前は、串本まで8時間ぐらいかけて走ったと思うが、今は、3時間ほどになった。
紀伊田辺からは、一般道。今までに何百回も走った道なのに、寄っていない場所は多い。
国道の傍なのに、今までに一度も車を止めなかった「恋人岬」に車を止めた。

「すさみ八景」のひとつで、夕陽が美しいとの事だが、夕陽までには時間が・・・
もうひとつの見所・・夫婦波がある。(右)
夫婦波とは、黒島と恋人岬との海峡で、東と西から波が打ち寄せ、
中央でぶつかり合うという珍しい波。この様子が夫婦のようだというネーミングだ。
寄り添うとみるか、ぶつかり合うとみるか・・・私たちも結婚30数年を経て、どちらでもなく互いに「空気」(傍にいて当たり前)のようなものか。

すさみからだと串本までは30分ほどの距離。
今までこの場所に車を止めなかったのは、行きは、目的地(家内の実家)までもう少し、帰りは、まだ休憩するタイミングではない・・・いや、心にゆとりがなかったのかも。

見ていて飽きない波でした。

谷瀬のつり橋
谷瀬のつり橋
谷瀬のつり橋
谷瀬のつり橋

橋杭岩
橋杭岩
橋杭岩

橋杭岩・・・この景色も私たちには見慣れた景色ですが、ホテルの窓からワンショット。

「明日は大雨」と会社のみんなに言われて出てきましたが、私たちの「ぶらり旅」は必ず晴れます。
とは言うものの・・チョット心配、外は真っ黒な雲。
でも、久しぶりに楽しい体験をしました。
露天で、空を見ながらゆっくりと入っていて、突然雨が降り出しました。
大阪の雨と違って、このあたりの雨は激しい。
風呂の中で天然シャワーを浴び、「あぁ~こんな時間がもっと必要かも」って思いながら、つい長湯を。


谷瀬のつり橋

おひさま 明けて・・やっぱり「晴れ」

昼前に串本を出発し、新宮から168号線で谷瀬に向かいます。
昼食の相談になり、このあたりで食べるところは難しいかも・・・
家内が「瀞峡(どろきょう)のあたりで食べようか?」って提案があり、ハッと気付いた事が。

そういえば「瀞峡も、また来ようね」って言ったまま、訪れていない場所でした。
瀞峡の船着場に車を入れ、窓口で「所要時間はどれだけ?」
「1時間55分・・2時間ほどです」の返事。

「今日は無理だね、次の気候のいい時にしよう」で食事を済ませ、谷瀬に向かいます。
一体何箇所あるんだろう。チョット不安にもなりますが、まぁ、考えてもしゃーないですね。

つり橋に到着。 金曜日と言う事もあり、観光客はまばら。

谷瀬のつり橋
谷瀬のつり橋
谷瀬のつり橋
谷瀬のつり橋


谷瀬のつり橋とは

奈良県吉野郡十津川村に入ってすぐの大きな集落「上野地」と十津川(熊野川)を挟んで対岸の集落「谷瀬」を結ぶ。
十津川村は、村としては日本一の大きさで、滋賀県の琵琶湖とほぼ同じ大きさです。
昭和29年谷瀬の村落の人々が一世帯あたり20~30万円という大金を出し合い架けた。台風がきても流されることはなく谷瀬の人々にとっては、生活道路橋である。
中央部に幅約80cmの板が敷いてありその上を歩く。
地元の人はバイクや自転車で渡ることが許されており、郵便のスーパーカブなんかスイスイ行くそうです。
私たちは、徒歩のみが許されています。(無料です)
ちなみにサイズは、長さ297m、高さ54m。鉄線橋では日本一の長さを誇ります。

 橋を渡り、谷瀬(側)に到着。

谷瀬のつり橋とは
谷瀬のつり橋とは
谷瀬のつり橋とは
谷瀬のつり橋とは


黒木御所旧址

風船アイコン 今回は、次男が同行しています(墓参)
次男の案内で、黒木御所跡へ。

黒木御所旧址とは

鎌倉幕府の末期、今からおよそ680前、後醍醐天皇は倒幕を企てたが、笠置で破れ、隠岐の島に流された。元弘の変である。
天皇の第三皇子大塔宮護良親王(おおとうのみやもりながしんのう)が、赤坂城を脱出し高野山を経て十津川郷に身を潜められた。この時、竹原八郎をはじめとする十津川郷民は、谷瀬に仮の御殿を建て、親王をお守りしたという。
後醍醐天皇はその後、倒幕の軍を起こし建武の中興を成し遂げたが、三年後再び政権は足利氏にうつり、親王は鎌倉に幽閉、尊氏の弟直義によって害され、28才の生涯を閉じられた。
 明治38年(1905)郷民によって、谷瀬に「黒木御所旧址」の碑が建てられた。
また、後に天誅組が徳川幕府を迎えて決戦を試みようとした所でもあります。

黒木御所旧址
黒木御所旧址
黒木御所旧址
黒木御所旧址

緑と川風に蒸し暑さはなく、暑い最中なのに心地よい時間を過ごしました。

「ぶらり旅」に出て、いつも思う事は、
「あぁ~こんな時間が必要」ってことです。

忙しいのはいい事だけど、「ゆとり」をなくしたくないなって思いながら帰途につきます。

2008/07/21  20:30 記

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