2007 ゴールデンウィークのお出かけ

ゴールデンウィークの撮影行は、初めての体験です。
混雑が嫌いな私たちは、いつも平日に出かけていました。
近年は仕事の関係で、平日の休みという訳にはいかないので「混雑」覚悟でのお出かけです。

家内曰く「機関車がないと、私の気分転換にはならない」
そこで、各地の蒸気機関車の運行予定を調査するも、休みが4日しかない=ロケハンの時間不足の理由で湖北の「北びわこ号」に落着。
SL撮影の時は、結構下見に時間をかけます。
まず、撮影区域の列車に乗車し、列車側から撮影ポイントを探します。
次にレンタカーで実地を下見。運行距離によりますが、1日は必要。
湖北は、何回か訪れているのでロケハンは省略可能だし、今回はムービーの予定、「琵琶湖」と「れんげ畑」を絡めて撮りたいので、ある程度ポイントは絞れます。
それと忙しさの中で、平成3年から中断している「西国参り」を復活させようとの思いから「松尾寺・成相寺」のお参りをセット。
そんな「ぶらり旅」のスタートです。
5月2日夜に自宅(大阪)を出発、朝をゆっくりと過ごしたいとの二人の思いで長浜泊まり。(車で2時間ほどです)

2007 ゴールデンウィークのお出かけ
2007 ゴールデンウィークのお出かけ

おひさま 5月3日(木) 晴れ

北びわこ号の撮影です。
田村山の山頂から「琵琶湖を望んで」と長浜~虎姫間のれんげ畑で撮影。
詳細は、「北びわこ号 映像で」をご覧下さい。


風船アイコン 午後2時前に「北びわこ3号」の撮影を終え、三方五湖へ向かいます。
レインボーラインを走り、展望台に到着。
眺望は、春霞か黄砂?にちょっと邪魔をされた。天気は、快晴だが。
案内板に

右前方の内外海半島(うちとみ)の手前の海上の黒点のように浮かぶ岩礁を「沖の石(おきのいし)」と呼びます。今を去る治承3年(1179)源三位頼政(げんさんみよりまさ)の娘で二条天皇の侍女であった二条院讃岐姫(にじょういんさぬきひめ)が、戦に破れ、この地に追われる身となった時、波間に見え隠れする「沖の石」にたとえ

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし


と哀しい女心を詠んだものの由来による。
尚、この歌は千載和歌集にあり小倉百人一首で有名です。・・・と

ちょっと知った歌だと妙に懐かしくなったりして、しばし文学少年に。


夕陽のしずむ「棚田」へ

途中、小浜線 若狭本郷駅の隣で「義経号」(レプリカ)に出会う。
めちゃくちゃきれかったので、ついワンショット。


福井県高浜町日引(ひびき)・・・波静かな湾にきれいな夕陽が・・と思いきや残念ながら写真の棚田から海に向かって左手が東ということで夕陽はなし。

夕陽のしずむ「棚田」へ
夕陽のしずむ「棚田」へ
夕陽のしずむ「棚田」へ
夕陽のしずむ「棚田」へ
夕陽のしずむ「棚田」へ
夕陽のしずむ「棚田」へ


西国29番札所 松尾寺 宮津の成相寺

カメラアイコン 明けて5月4日(金) 快晴 暑いぐらい
西国29番札所 松尾寺にお参り。
昭和の時代には、西国さん、四国遍路、新西国とお参りをしていましたが、平成3年からお休みとなっていました。
観音さまの軸も久しぶりです。

境内だけでなく道中でも、結構桜を見ることが出来ます。
先週、高野山にお参りしましたが、高野の桜は、ほぼ終わりでした。

混雑しているであろう「天橋立」を避け、宮津の成相寺(なりあい)へ。

ここでも八重桜が見ごろ・・・「日本は広いね」と家内と。

風船アイコン 最近は、1日の移動距離を150kmぐらいにしている。
銀婚の記念にと子供たちが北海道旅行をプレゼントしてくれた時、1日 250kmぐらいと息子たちが決めた。
広い北海道、長距離の移動は列車、そしてレンタカーを借りる、また列車で移動・・・そんなプランを作ってもらい、出かけた。
あれから8年、自分でも「ゆったりとした旅」を心がけている。
今日はそんなに走っていない。
もう1ヶ所・・・棚田に向かう。

伊根をまわり、経ヶ岬に寄り、袖志(そでし)へ
400枚の田を63軒の農家が守っていると案内板にある。
ちょうど田植えの時期で・・・

おにぎり 今日の泊まりは、日本海の幸
期待通りの天然温泉、料理と地酒・・・「旅の楽しみ」に大満足。

西国29番札所 松尾寺  宮津の成相寺
西国29番札所 松尾寺 宮津の成相寺
西国29番札所 松尾寺  宮津の成相寺
西国29番札所 松尾寺 宮津の成相寺
西国29番札所 松尾寺  宮津の成相寺
西国29番札所 松尾寺 宮津の成相寺


加悦(かや)鉄道

5月5日(土) こどもの日 快晴

餘部鉄橋へ向かいます。
餘部鉄橋が、いよいよ架け替えということで、3月頃には工事スタートとどこかで見たような気がします。
どうやらファンが殺到して着工が遅れたとか・・・って事で私も餘部へ。

加悦(かや)鉄道で活躍したSLが保存されている「SL広場」へ寄り道。

丹後の鉄道の歴史は、舞鶴~宮津が大正13年に開通。
加悦町は、出石を通って豊岡へ向かう路線の要望をしたが、国鉄宮津線は、加悦を通らなかった。そこで鉄道会社を設立し、宮津線・丹後山田駅~加悦間 大正15年12月5日に開通。5.7Kmの小さな鉄道の誕生です。
昭和60年4月30日までの60年間地元の足として活躍しました。

写真の「2号機」は、明治6年にイギリスのスティブンソン社製で、日本で2番目に古い蒸気機関車です。加悦鉄道で創業時から昭和31年まで働きました。

「1261号機関車」は、大正12年・日本車両製造製で、加悦では昭和18年から昭和42年まで活躍しました。

加悦(かや)鉄道
加悦(かや)鉄道
加悦(かや)鉄道
加悦(かや)鉄道


餘部鉄橋

餘部鉄橋・・・蒸気機関車が活躍していた頃、何回か訪れました。

昔、鉄橋の上(側道)を歩き、海からのきつい風にあおられたのを思い出します。
30年以上の歳月が流れています。
最近は、10年ぐらい前に家内と訪ねました。
およそ「哀愁」なんって感覚を持ったことのない人間でしたが・・・

今回は・・・

5月5日は祝日ということもあり、人・人・人で一杯です。
海側にも廻り、私なりの思い出を作りました。

餘部鉄橋
餘部鉄橋
餘部鉄橋
餘部鉄橋

ゴールデンウィーク・・・人ごみ覚悟でのお出かけでしたが、結構のんびりしました。
今回の旅、パソコンは同行していません。
普段 就寝が遅いのは、パソコンのセイではありませんが、旅の空では、お酒の酔いも手伝って10時ごろには寝ました。
お日さまと共に寝起きする。久しぶりの体験です。

人ごみは嫌いなんて言わず、これからは「出かけられる時に出かけよう」と思い、帰阪の途に。

2007/05/11  22:30 記

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