世界遺産で想う事と丸山千枚田を訪ねて


串本大橋
串本大橋
串本大橋

家内の故郷は南紀・串本ですが、今年はお盆にお墓参りは行けそうにないので、7月にお参りしてきました。
7月15日(土)に出発。
15日は串本泊まり。写真は、大島に渡る「串本大橋」
夕食はいつもの事ながら、新鮮なネタを堪能しました。

「海の日」との3連休でホテルは満員。
車の量も多いです。他府県ナンバーが・・・私もその一人ですが

熊野古道
熊野古道
熊野古道

7月16日(日) 快晴 暑い
32度を超えていますが、「風はさわやか」
大阪ではアスファルトの熱気とクーラーの室外機の熱でとても「さわやか」とは言いがたいのですが、ここでは違います。
ホテルを出てお墓参りに向かうのに旧国道を走ります。
人にも車にも会うことの少ない「旧国道」、私達にはいろんな思い出があります。
「ここでお母さんと、よく花見をしたね」とか、思い出話をしながらゆっくりと(10km/hぐらい)走っていて・・・二人同時に気付いたのですが、昨年と道路の雰囲気が違うのです。
道路の両脇の雑草がきれいに刈り取られている。
「滅多に車も走らない道なのにね」「なぜ、こんなに整備されているの?」

道端にある説明文を読んで氷解しました。
「世界遺産になったからだ」
でも「熊野古道」って・・・こっち(串本方面)にもあったっけ?


熊野古道とは?


紀伊半島南部にある熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道。熊野の地と伊勢や大坂・和歌山、高野、吉野とを結ぶ古い街道の総称で、「熊野街道」とも呼ばれている。
1: 熊野古道には伊勢神宮と熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)を結ぶ伊勢路・160km
その伊勢路の花の窟(はなのいわや)から分かれて熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)に向かう本宮道。
2: 大坂から和歌山を経て熊野に至る紀伊路は田辺で熊野本宮に向かう中辺路(なかへち)
3: そのまま紀伊半島を海岸線沿いに那智へ向かう大辺路(おおへち)田辺-串本-約120km
4: 高野山から熊野本宮へ向かう小辺路(こへち)高野山-約70km
5: 吉野から熊野本宮へ向かう奥駈道(おくがけみち)吉野-約140kmと呼ばれる大峯道などのいくつかのルートがあります。

紀伊路は、平安中期から鎌倉期にかけて盛んに行われた法王や上皇の御幸ルートで、道筋には熊野権現の末社として九十九王子社が祀られています。
伊勢路は、花山法皇が御幸を計画した時(999年)のルートとして検討されるなど古くから開かれており、江戸時代以降、伊勢参宮を終えた旅人や西国三十三ケ所めぐりの巡礼者たちの道、いわば庶民の道と言えます。

熊野古道とは?
熊野古道とは?

「誰が整備してるんだろう?」・・素朴な疑問です。
地元の姉夫婦に聞いてみると「中学校で"大辺路刈り開け隊〟を組織して・・・」
日本の文化を体験でき、何よりも生きた歴史の勉強。
歴史を守り・育てていく、学生時代からのボランティア経験もめっちゃいい。
世界遺産の「いい一面」を見て、楽しくなりました。

「田並 大辺路街道」の説明には、以下のように書いてあります。

田並の大辺路街道は、険しい上り坂の続く狭い道であった。
田子の富山平見から峠を越え、江田湾を巡り松尾平見を通り野和に至る。
田並の集落の海岸側を通り、田並川を少し北上して池の谷を上る。
さらに飛渡谷に下り、谷沿いを有田との境界にのぼっていった。
明治35年から改修工事が行われ、大正8年には県道に指定、その後国道42号の度重なる拡張工事で往時の道の復元は不可能となったが、飛渡谷から有田の境界までは、わずかな区間に古道が残り、石畳も残されている。

田並(たなみ)は、串本の2駅大阪よりです。


丸山の千枚田


丸山の千枚田
丸山の千枚田
丸山の千枚田

7月2日に<ホタルに会いたくて>で鳥羽に行った帰りに寄りたかった「丸山の千枚田」ですが、鳥羽からでは距離的なこともあり、7月16日に行って来ました。
串本から新宮を越え、80kmぐらいの距離です。(三重県熊野市紀和町丸山)
遅い昼食を済ませ午後3時過ぎに串本を出発。
新宮を越え、熊野市に入り、海岸線を離れ山手に入ります。

「見晴台」に到着。
想像通りの景色です。
家内は、「機械も入らないから大変だね」・・・棚田に行く度にこの台詞を聞くような・・・
稲穂が実って金色の頃がいいのかもしれませんが、忙しい私たちには「出かけられる時」の景色が最高です。

丸山の千枚田
丸山の千枚田
丸山の千枚田

ここにももちろん熊野古道が通っていて、その峠辺りから見るともっと全容が望めると地元の人に伺いました。
時間は、5時半・・・次回機会があれば登ってみようって事で、棚田の中の道を下ってみます。
蛙はもちろん家内は「黒いめだかがいる」と田んぼの中を覗いています。
自宅の庭にもめだかがいるのですが、今流の赤っぽいめだかです。
そういえば、子供の頃のめだかは、黒かったなぁ~
棚田の途中に水車がまわっており「ホタルの小径」と書かれています。
当然ホタルもいるだろう・・・きれいな水。

丸山千枚田
丸山千枚田
丸山千枚田

丸山千枚田の説明板から

千枚田は、幾百年もの昔、一鍬ずつ天地を起こし、石を積み上げ堂々と2200枚を造成し、以来今日まで休むことなく天水を貯え、芝を刈り込んで耕作し、管理してきたのである。
また、ここに住む人たちは、裾野を埋め尽くす雲海に朝の英気を養い、暮れなずむ連山の空を赤く染める落日に心を癒しながら正に千枚田と共に生き続けてきたのである。
歴史はめぐり、時は流れたといえ、諸々の日本農耕文化の原点を内包しているのが千枚田である。

維持・管理の大変さを思い、丸山を後にします。

その昔「もの参りの途中に遊びは、アカン」と教えられました。
今の私たちの現状を知っているから、家内の親も許してくれるかな?って勝手に思っての「ぶらり旅」です。(7/16 21:00 帰宅)

暑さ厳しい折り、どうぞご自愛下さい。
それでは。 2006/07/17 記

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