かに・カニ・蟹

お酒 2005/12/20 記
12月2日(金)に気が付いた。・・・「ひょっとして土・日休めるの?」と私。
近年は、仕事の関係で土・日といえども休める事は少ない。
スケジュールが空いていると逆にびっくりする。

時期的に「カニ」をすぐに思う。
そうなると行動はすばやい。
JTBに頼んでいる時間的余裕はない。
でも・・・自分で予約した「かに」には、よい思い出が少ない。
直接の予約はちょっと心配だが、インターネットで「蟹料理」を中心に探す。
便利な時代(インターネット)、何軒か候補が見つかる。
家内と相談の結果、ネットから申込む。北陸・片山津温泉。
ついでに天気予報を見る、北陸は、寒波襲来で雨か雪。
車は止めて、サンダーバード(列車)に決定。今度は列車の空席状況を確認・・OK。
早速、荷物を作り、用意万端、念の為折り畳み傘も荷物に入れる。
自称「晴れ男」の私。旅先で雨は、あまり経験がない。
天気予報も変える「晴れ男」・・・今回は??


かに・カニ・蟹
かに・カニ・蟹

カメラ 明けて12月3日(土)曇り
どこを見ようという訳でもなく、「カニ」が目的のぶらり旅。
昨夜、宿を予約の時に、到着時刻を知らせ、迎えを宿に頼んであるので、昼前に出発。
昼食は、駅弁を列車内で、ここから「旅気分」
自宅を出てから3時間で加賀温泉駅に到着。
午後3時過ぎにホテル到着。
柴山潟(しばやまがた)に面したホテルの窓からは白山が見えるはずだが、天気はイマイチ。
でも目的は、かに。
6時30分の夕食を頼み、散策に。
前夜に周りをインターネットで検索してあり、まず、篠原古戦場へ。
柴山潟の湖畔?を散策しながら20分ぐらい。


篠原古戦場

篠原古戦場 首洗池
寿永2年(1183)倶利伽藍の戦い(くりがら)で木曽義仲に大敗した平家の軍勢は、加賀平野を南下し、篠原の地(現在の加賀市篠原町)で陣を立て直し、義仲との決戦を図りました。しかし勢いづいた義仲軍を阻止することは出来ず、平家軍は再び敗れ去りました。
このとき、敗走する平家軍で、ただ一騎踏みとどまって、戦ったのが、斉藤別当実盛でした。
実盛は、老武者とあなどられることを恥とし、白髪を黒く染めて参戦しましたが、手塚太郎光盛に討ち取られました。
樋口次郎兼光が討ち取った首をこの池で洗ってみると、黒髪はたちまち白髪に変わりました。それはまがいもなく、その昔、義仲の命を助けた実盛の首でした。

この物語は、「源平盛衰記」などに記されております。
なお、実盛着用の甲冑を、木曽義仲が多太神社に奉納したと伝えられており、元禄2年(1689)芭蕉が奥の細道の行脚の途中に立ち寄り、この兜にによせて
「むざんやな 兜の下の きりぎりす」と詠んでいます。

篠原古戦場
篠原古戦場
篠原古戦場
篠原古戦場

ビールアイコン 夕食前の運動も終わり、温泉でゆっくりと。
いよいよ夕食。
カニのボイルを中心に、焼き、刺身、鍋、みそ、酢の物、かにご飯・・・焼きと鍋が美味しかった。
過去は、「カニづくし」とうたっていてもカニで満腹まではいかない事が多かった。
今回は、満腹・満足。
地酒のうまさも手伝って、普段は、3時の就寝が、22時には「おやすみなさい」。


小雨後晴れのち雨 観光

お日様 明けて12月4日(日)小雨後晴れのち雨
部屋の窓から見える、柴山潟の浮御堂にお参りしてから「どこへ行こうか」と家内と相談。
仲居さんの話で、那谷寺(なたでら)は「まだ紅葉が残っているかも?」
それとネットで調べていた「苔の園」・・・あとは「出たとこ任せで」タクシーを頼んで出発。
まずは、浮御堂へ。
部屋を出るまで降っていた雨は、チェックアウトをしている間にお日様に変わっています。やはり「晴れ男」か「晴れ女」なのか。
浮御堂の写真・・・晴れてるでしょ。

別名・「うきうき弁天」と言うそうで、竜神様を祭り、片山津温泉の新名所だそうな。
湖の中に建てられた御堂で夜には湖面に灯火がゆれ、幽玄でした。
傍に噴水があり、1日15回、時間を決めて吹き上がっていました。
70mもあがるそうです。

小雨後晴れのち雨 観光
小雨後晴れのち雨 観光
小雨後晴れのち雨 観光
小雨後晴れのち雨 観光

那谷寺へ。三重塔の写真
さすがに12月、紅葉は「なごり」のみですが、境内を散策へ。
<那谷寺の由来から>
那谷寺は、白山信仰の寺で、養老元年(717)越の大徳泰澄神融禅師(たいちょうじんゆう)によって開創されました。
禅師は夢にみられた十一面千手観音菩薩のお姿を自らお造りになり、洞窟内に安置し、岩屋の胎内をくぐって、人としての罪を白く清める霊場としました。
そしてこの地にお堂を建立され、自生山岩屋寺と名づけられました。

その後、寛和2年(986)に西国33番札所を開かれた花山(かざん)法皇がこの地に行幸なされしおり、洞窟内の観音様を拝せられ、「わが国には珍しき岩窟」霊夢のお告げにより「これ全く観音妙智力の示現なり、朕が求むる三十三ヶ所は全てこの山にあり」と申され、西国三十三ヶ所第一番紀伊の那智山と第三十三番美濃の谷汲山の各一字をとって那谷寺と改め、七堂伽藍を御造営なされ、自ら、この地に居を構えられました。


家内のリクエスト「苔の園」へ。
あまり宣伝をしていないようでホテルで聞いても分からず・・・タクシーはさすがに知っていた。
昔から山で仕事をしていたオーナーの思いで珍しい苔を育てているそうだ。
係りの方が詳しく説明してくれる。
販売もしていて、触手が動くが、家の庭で苔が育った験しがないので諦める。
苔の時期は終わりだそうだが、結構風情があり散策。

家内が今庄の地名を見つけ「美味しい蕎麦」って話になり、運転手さんに「蕎麦のうまい店」を紹介してもらう。
その前に前週の大河ドラマで「安宅の関」の場面をやっていた。
廻ってみようという事で北に向かう。
日本海は波高く、白波が打ち寄せている。
義経ブームだけに観光客が多いかと思えば、そうでもない。
安宅住吉神社の境内を抜け、蕎麦屋さんへ。


ボツボツ引き上げようかと、駅に向かう。
何も決めていなかったので、指定席が取れない。
「混んでるかもね」って心配しながらホームへ。
20分ほど並ぶ事に・・・なんと雨が降り出した。
いい天気の中を観光してラッキー。
席も確保でき、帰阪の途に。

新大阪近くで40分ぐらい立ち往生。
先の駅の信号機に落雷で遅れているらしいが、50分遅れで大阪着。

急に思い立っての「ぶらり旅」
はずれが多い「カニ」も今回は、当たり。

今年の「ぶらり旅」は、なぜか北陸方面ばかり。
久しぶりの列車の旅も新鮮でした。(05/12/04 17:00大阪着)


それでは。 2005/12/20 記

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