SL「あそBOY」撮影から有田・唐津の焼物めぐり

いつも書き出しは「忙しい」って言葉のような気がします。
今回の九州の旅も同じで、10月は睡眠時間が3時間ぐらいの日が多かった。
「旅」の前後は、いつも同じパターンになる・・・宿命ですね。

さて、今回は数年来訪れてみたいと思っていた「阿蘇路」です。
豊肥本線・熊本~宮地間には10年前から8620(ハチロク・大正生まれのSL)が土・日に走っています。
途中の立野駅にはスイッチバックもあり、蒸気機関車の現役時代に訪れていますが、28年ぶりの訪問です。


肥後大津
肥後大津
肥後大津

ピカチュウ 11月2日大阪空港7:50発のJALで熊本に飛びます。
熊本空港は、小雨。
いつも通り撮影ポイント下見の為、列車に乗るべく最寄駅(肥後大津)にタクシーで。
久しぶりの九州・大阪よりちょっと肌寒いが、11月とは思えない暖かさ(21度)。
大津駅に到着して「えっ!!」・・・・・・・・・架線がある・・・・電化されている・・・・・ドジですねぇ、時刻表を見れば解りそうなものを思い込みって怖いですね。時刻表を見直すと熊本~大津間の列車番号は「1431M」肥後大津以東への列車は「71D」、M=電車・D=ディーゼル・・・気を取り直して念のため電化区間も「下見」、そこは変わり身の早い私、当初の予定通り大津から熊本行きの列車に乗り込みます。
「どうかしたの?」と心配そうに家内が聞いてくれますが、メンツ上「なんでもないよ」の返事(笑うしかないです)。
松ぼっくり肥後大津から熊本方面に原水、三里木、武蔵塚、竜田口、東海学園前と乗りましたが、やっぱ、架線のない方がいいですね。
東海学園前で折り返し、肥後大津からディーゼルカーに乗換え、宮地へ下見を続けます。


肥後大津から熊本方面へのロケハン

東海学園前で折り返し、肥後大津からディーゼルカーに乗換え、宮地へ下見を続けます。
肥後大津、瀬田、立野へ。立野駅に入り、スイッチバックでまずバックし再び前進・・・・・
子供のように運転席の横に立ち、見る風景は、少し建物が増えたぐらいで28年前と変わりません。
列車は火口原に入り赤水駅へと登って行きます。
運転士さんとも話しましたが、今年は暖かい日が多く紅葉はまだまだって事でした。
いつしか小雨もやみ、左に外輪山が連なり、右手に阿蘇のお山が美しい。
紅葉なんてなくってもいい、晴れて山々が綺麗に見えればそれでいい・・・明日からの晴天を祈りながらの下見です。

肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン
肥後大津から熊本方面へのロケハン

機関車 11:35宮地駅着、改札口を入って目の前にターンテーブル(機関車の方向転換機)があります。
明日の「あそBOY」の乗車券を買って・・機械で発券出来ないようで珍しい手書き券になりました。
レンタカーは赤水駅前ですので5駅熊本方面に戻ります。12:01宮地発、12:19赤水着。
SL撮影の時のレンタは、小さいクラスを選びます。狭い所も平気、駐車スペースも考えれば当然ですね。
最近はナビは必須。列車側から見つけた撮影ポイントの確認に出発です。
その前に1泊目の赤水温泉のホテルに寄り荷物の引き取りです。
カメラ以外はホテルに送り、身軽な旅ですが下見からは三脚も必要です。でも便利になりました。
まず、腹ごしらえ、レンタ営業所の方に「うまい店」を聞いて出発。

宮地から瀬田駅まで2往復、線路伝いに農道ばかりですが下見完了。瀬田駅は行きにくかったです。
1泊目の赤水温泉のホテルに16:30到着。

あそ1号
あそ1号
あそ1号

おひさま 11月3日(金)快晴
ホテルの窓から赤水駅9:20発車の「あそ1号」、阿蘇山も綺麗です。
今回はムービーにもチャレンジします。ムービーは家内に撮影を任せます。
スイッチバックの最終段階や阿蘇駅の発車等予定通りの1日でした。
SL「あそBOY」の写真は、当サイトの「28年ぶり・あそ」をご覧下さい。ムービーもセットしてあります。

星 11月3日は内牧温泉泊。いいお湯につかり、夕食後に明日の撮影場所の再検討・・って思いきや美味しい地酒にバタンキュー。

阿蘇マップ
阿蘇マップ
阿蘇マップ

11月4日の予定ですが、ガイドマップでも解りますが、立野から宮地へはキツイ上り勾配、って事は、
宮地から立野(上り列車)への列車は下り勾配です。
ややこしいですが、熊本から坂を登って行く列車が「下り列車」です。
SLあそBOYは、1日1往復で「下り・熊本10:24->12:56宮地」、「上り・宮地15:25->17:26熊本」です。
蒸気機関車の魅力は「けむり」もあります。午後の列車は、赤水の発車を撮ることにし、午後は南阿蘇に廻る事にします。

南阿蘇高原鉄道が高森線と呼ばれていた頃に私は訪れた訳ですが、高森にも行ってみたいし阿蘇山頂にも行ってみようかと。
11月4日午前中の撮影を終えて、宮地から根子岳(ねこだけ)を見ながら高森へ。

話しは変わりますが、4日の朝から車の右前で妙な音?「声」が聞こえます。
「ミャ~ミャ~」って猫の鳴声です。坂に登りだした時か、ハンドルを急に切った時・・規則性がなく、部品の擦れる音とも思えず・・気味悪く
高森への道中でもボンネットを開け、車内も点検し・・・・・

高原鉄道には日本一長い駅名「南阿蘇水の生まれる白水高原」駅ってのがあります。
白水高原から阿蘇山頂へ・・・そして赤水へ下りるルートです。

ねこ 阿蘇山からの下りで先程の猫の声が8度続けて聞こえます。家内だけでなく私も気味悪くなり、携帯でレンタ営業所に連絡しました。
幸い借りてから3日目ですが、赤水にいましたので・・・営業所もすぐに別の車を手配してくれました。
5日の午後、阿蘇を離れる前に営業所に寄って「その後」を聞きました。
最終の答えは不明ですが、係りの人が点検に運転した時にも「聞こえた」との事でした。

赤水駅の発車に備えてカメラをセットしていると、横を乗馬のレッスンのようですが馬が通ります・・・日本じゃないような風景でした。
本日もホテルは違いますが、内牧温泉泊。秋らしく「柿釜」も頂きました。

あそboy
あそboy
あそboy

カメラ 11月5日・SL撮影の最終日、3日目も晴天。
撮影場所は、立野~赤水間のトンネルを出たところ。ワンショットで今回の撮り納めです。
光線の具合もバッチリ、現地に10時前に入りSLが来るまで2時間半ほど時間がありますが、
イラチの私が何故かゆっくりと待てる「不思議な時」と家内は言います。
12:15シャッターを切り・・・車に戻りながら「あぁ~いい旅だった!!」と言ったようです。


三角半島から天草へと「ニコイチ・ぶらり旅」

三角半島から天草へと「ニコイチ・ぶらり旅」
三角半島から天草へと「ニコイチ・ぶらり旅」

めっちゃ怒られました。
「これからの有田・唐津までの旅は・・何なの?・・・」
「ごめん、ゴメン、失言・・・」、結構本音だったのかもね。
そんなハンデを背負って、熊本から高速に乗り、三角半島から天草へと「ニコイチ・ぶらり旅」は続きます。



天草五橋

もみじ 天草は大小120の島々からなり、ご承知の通りキリシタン文化の色濃い土地柄です。
まずは「天草五橋」、五橋を見渡せる高台(標高162m・千巌山)へと向います。
向いに雲仙岳が見え五橋が展望できます。

天草五橋
天草五橋


大江天主堂 ・ 津崎天主堂

千巌山から50km南西へ走り大江天主堂へ。
この地は、鎖国の300年間人知れず信仰の火を守り続けたキリスト教信者が明治になって発見された地だそうです。
この教会は昭和7年にガルニエル神父が私財を投じて建てました。
5kmほど離れた津崎天主堂です。
ボツボツ日暮れ、本渡市(天草の中心部)のホテルに戻ります。

大江天主堂 ・  津崎天主堂
大江天主堂 ・ 津崎天主堂
大江天主堂 ・  津崎天主堂
大江天主堂 ・ 津崎天主堂

イルカ 開けて11月6日、今日も晴天、天草・鬼池港から雲仙・口之津へフェリーで渡り嬉野温泉までです。
30分の船の旅、原城址へ。島原の乱の終焉の地でもあるこの城も、今は石垣にその名残を留め、子供達の遠足の場となっています。

そこから北上して行くとあの普賢岳・・・平成2年11月に噴火、 その後平成5年までに1692棟が土石流の被害に遭いました。
防災の重要性を伝える為、被災地域を公園(道の駅)として公開しています。2.8m埋没しています。

なおも北上、島原城へ。
有明の海を見ながらのドライブ・・・諫早ICから長崎道で武雄IC、紅葉を求めて御船山楽園(みふねやま)へ。
ここは、御船山の切り立った断崖を背景に、自然の丘陵を生かした50万平方メートルの庭園(武雄領主の別荘)
紅葉よりも春の桜やツツジの方が綺麗だったかも。
広い庭園の中に家内と二人だけ、鳥達のさえずりの中、1時間ほどゆっくりと散策し
鬱蒼と茂る杉木立の中、行基菩薩の作と云われる五百羅漢に見送られて、今日の泊まりの嬉野温泉に。


焼物めぐり

さて、家内のメインイベント「焼物めぐり」のスタートです。
まず阿蘇プラザホテルで聞いていた有田陶器問屋「川口屋」を目指します。
3日前の食膳に出たお茶碗がとても良かった。茶碗の裏で窯元は解りましたが「どこで手に入る?」って 聞いておいたんです。
有田駅手前のNTTの・・・と聞いていたのでNTTをナビにセットして出発です。
近づいて「川口本舗」の看板、「あっ、あそこや」という事で入ります。
有田の業務用(ホテルの食器)がメインのお店で、家庭で使うには色鮮やか過ぎます。
「こりゃ~無さそうだな?」と思い、奥さんに窯の名を告げ聞きますが「その窯元の分は、扱ってない」
そこで「実は阿蘇の・・・」、「あぁ~その川口屋さんなら、あそこを曲がって・・・」
「川口屋」と「川口本舗」そして私も川口(関係ないか)
でも、ゆっくりと有田食器の話も伺い、窯元見学(今はあまり開放されていないが)等教えて頂き 出かけます。
「有田ちゃわん祭り」をやっている卸団地へ。25軒の問屋が集まっていて、昼食も忘れて家内は 歩いていました。

卸団地の傍の源右衛門窯へ、古伊万里の作品を見学です。

焼物めぐり
焼物めぐり
焼物めぐり
焼物めぐり
焼物めぐり
焼物めぐり

そしていよいよ「川口屋」へ。
今度は間違ないように、「実は・・・」と言いかけると
「あっ、阿蘇プラザさんから電話を頂いております。 日曜日にお見えと聞いておりましたので・・・」
今日は火曜日、私たちは寄り道してきたから・・・。

お気に入りの茶碗をはじめ、湯呑、陶器のボールペン、「茶香炉」等々、 目の保養も含め楽しい時間を過ごしました。
茶香炉とは、下でロウを燃やし上にお茶っ葉(安いのでいい)を乗せ、香炉ですから香りを楽しむ訳です。
この「茶香炉」、家に帰ってから家内はハマッてしまって、部屋を持ち歩いて宝物のようにしています。


トンバイ塀
トンバイ塀
トンバイ塀

裏通りに「トンバイ塀」があると言うので後学のために寄ってみます。
陶片や窯の中のレンガ等で作った塀ですが、焼物の里らしい風情です。


大川内山(おおかわちやま)
大川内山(おおかわちやま)
大川内山(おおかわちやま)

伊万里へ向います。
江戸時代は焼物の積出港として栄え、山あいにある大川内山(おおかわちやま)・ 鍋島藩の秘窯の里を訪ねます。
今も30軒の窯元が色鍋島を作っていますが、昔は関所が置かれ陶工たちが、この地を一生出る事を 許されなかったと云います。
塩田の技法や和紙・・・全てに特産品は利益の独占のために悲しい一生を送った人々のいる事を 改めて認識させられました。
今回の旅の最後の宿泊地・唐津城近くの宿へと車を走らせます。

開けて11月8日・晴れのち曇り、全工程7日間、晴ればかりです。
唐津焼も目的ですが、近くの「虹の松原」って白砂青松の風情からです。
弓なりの5kmの砂浜ですが、傍で見るより高い所からってんで、唐津城に登ります。
唐津城の天守からの「虹の松原」です。
今日は8日ですが、2日~4日は、唐津神社の秋祭り「唐津くんち」がありました。
300年以上前に作られた14台の山を曳きまわす勇壮なお祭りです。

JRの高架下の屋台も面白いですね。

さて、唐津焼は駅前の総合展示場で見る事にしました。
昼食を摂り、吉野ヶ里・大宰府天満宮を廻り、夕刻に福岡空港に到着、空路・帰阪です。


今回の旅も、前半がSL撮影・後半は観光でしたが
サービス業に身をおく者として「細やかな気配り」を考えさせられました。
阿蘇プラザホテルで食器の購入元を聞いた。
ホテルの係りの人が、お店に私たちが行くであろうと電話をする
ちょっとした気配りですが、ホテルの対応に「うれしさ」を感じます。
「川口」違いで入った「川口本舗」の奥さんも間違って入った私達ですが、
丁重な対応と、帰阪した日に陶器をはめ込んだ葉書が川口本舗から届いていました。
遊びの旅とはいえ疲れて帰宅し、ほのぼのとしたものが蘇る、
細やかな人情にふれ、殺伐とした昨今でも「まだまだ捨てたものではないな」って思い、
自分の日常もかくありたい、そんな思いのいい旅でした。
おおきにでした。

長々と書いてしまいました。温かなものが残った旅でした、おおきに!!  2000/12/05 記


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