大井川鉄道の撮影と新緑の寸又峡散策を楽しみました


いつか見たような景色
いつか見たような景色
いつか見たような景色

99/05/16 記

今回の旅は「いつか見たような景色」に出会う旅でした。(平成11年5月12日~14日)

いつもの様に家内と二人の「ぶらり旅」です。
大井川(奥大井)は25年前に訪れており「どんなに変わったかな?」とちょっとワクワクしながらの道中です。
昭和49年は、金谷ー千頭間にはSLは走っていませんでした。
千頭から川根両国へクラウス等が運行されていました。

大井川鉄道の沿線の茶畑は25年前とそんなに変わったとは感じませんでしたが、山は採石でしょうか?
いたる所で山肌をむき出しにしており、「これも時代かな」と二人で話しました。

 C10-8
C10-8
C10-8

大井川鉄道にはC10・C11・C12・C56の蒸気機関車が働いています。
さて今日は何が出てくるのか?、鉄道サービスセンターに電話をすれば教えてもらえますが、
あえて電話はせず「シゴロクは一番好きなカマだけど・・C10にも会った事はないし・・」
と色々思いながら待つのも“また楽し”ですか。

大井川でのファーストショットは福用駅(ふくよう)から少し大和田(おわだ)に歩いた
茶畑で撮る事にしました。待つ事2時間あまり C10-8 です。もちろん初対面です。

晴天の上、日差しがきつく、Tシャツ1枚でも汗をかいています。
2時間待っている間に日焼けをした様です。腕がヒリヒリします。
今日は寸又峡温泉に泊まるので、上り列車は寸又峡に近い千頭付近で撮る事にし、取りあえず腹ごしらえです。
千頭駅の構内で入替え作業を見ました。大井川鉄道は23年間SL運行をしているだけあって、
機関士さんにも 若い人が育っている様で、これからも楽しみです。

「夢のつり橋」
「夢のつり橋」
「夢のつり橋」

千頭を後にし、寸又峡に向います。
昔はバスで寸又峡に行ったのですが、道が狭くバスの最前列に乗っていると
カーブをする度に谷の上に身を乗り出した様になり、恐かった事を思い出しました。
さすがに今はガードレールもありましたが、道は結構狭かったです。

25年ぶりの寸又峡はそんなに変わった印象は受けませんでした。
むかし泊まった宿もそのままで「内装をやり直していなければ結構古いね」「もう一度泊まる??」
と話したものでした。
温泉街から「夢のつり橋」 への散策ルートも整備され、新緑の中を夕食までの間、2時間ほど散策しました。
行き交う人もまばらで、鳥のさえずりを聞きながらのゆったり散歩です。
温泉もツルツルするいいお湯で、地酒と山菜料理を堪能しました。


アプト式鉄道・井川線

5月13日も晴天。日本でここだけという「アプト式」を見に行きます。
アプト式鉄道とは歯車を使って急な坂を登る鉄道です。
千頭から奥に行く 井川線の1.4Km区間にあり、1000mで90m登ります。

アプト式鉄道・井川線
アプト式鉄道・井川線
アプト式鉄道・井川線
アプト式鉄道・井川線

蒸気機関車を待っている間にいろんな電車が走ります。関西では見慣れた車両です。
近鉄・南海・京阪等の車両を購入してるんですね。大阪育ちの私にはヘンな感じがしました。
もう一つのびっくりは、抜里駅(ぬくり)に寄った時、家内が目ざとく見つけた駐輪場の料金です。
二輪車が1ヶ月300円、自動車が1ヶ月2000円、 “主婦だなぁ”と心の中で思いましたが、安い!!


今回の旅は撮影というより、ピクニックでした。昼はお弁当を茶畑のあぜで食べ
大井川の河原で水遊び、そして秘境散策と自然とお日様を満喫出来ました。

私は蒸気機関車の現役時代にこだわりを持っていました。
しかし山口でも真岡でも、そしてここでも感じた事ですが「いつか見たような景色」、
「忘れかけていた懐かしさ」を思い出させてくれる物が必ずあります。
それは景色であったり、石炭のにおいや、川のせせらぎなど、自分が持っている感覚でしかありませんが
“忙しさの中に何かを忘れてしまった時”、“タイムスリップしてみたくなった時”
私はこれからも蒸気機関車に会う「ぶらり旅」に出かけたいと思います。 1999/05/16 記

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