熊野三山詣
熊野三山詣
熊野三山詣

平成19年11月16日 串本から熊野へ。

墓参の「南紀行」ですが、今回は、次男が同行。
11月16日は義母の7回忌。
もうそんなに経ったのかって驚くほどの速さで過ぎていきます。

お参りの後、帰阪の予定でしたが、義母と一緒に巡ったところに行ってみようと衆議一決。

まず那智大社に。
串本から那智さんへの道中でも思い出の場所は多い。
42号線沿いで桜のきれいなところは、ほとんど立ち寄っている。
道端に数本の桜木のところで「ここもおばあちゃんと来たね」ってな会話で那智のお山に到着。

那智大社
那智大社
那智大社

15年ぐらい前、階段が無理な義母と来た時に「防災道路」なるものがあって那智大社の社の傍まで車で登れるのを知った。
今回もその道を使って・・・お参り。
息子は「歩いて登れば・・・」って言いますがついつい楽な方に。

大滝の水量は、ご覧の通り、チョット少なめ。いつ来ても圧倒されます。

熊野速玉大社(はやたま)
熊野速玉大社(はやたま)
熊野速玉大社(はやたま)

新宮方面に走り、熊野速玉大社(はやたま)へ。

時計を見ると4時前・・・速玉大社から本宮までは50Km弱はある。急がないと暗くなる・・本宮へ。

辞典で「熊野三山」を引くと
熊野三山は熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社からなり、それぞれの神社が祀る神の神霊の総称(または統合された神霊)が熊野神(熊野権現)である。熊野三所権現とも言い、熊野三山に祀られるほかの神々も含めて熊野十二所権現ともいう。 権現とは仏や菩薩がもともとの本体であり、仏が人々を救うために「権」(仮:かり)に「現」れた神のこととされる。
相互に祭神を勧請しあい、現在では各神社で三神を一緒に祀っている。

熊野本宮
熊野本宮
熊野本宮

熊野本宮
現在は社殿は山の上にあるが、1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、熊野川の中洲にあった。創建以来その中州にあったと思われ、明治の洪水が起こるまでは社殿が流される事態などにはならなかったのだが、明治以後、山林の伐採が急激に行なわれたため、山林の保水力が無くなり大規模な洪水を引き起こしたのだと考えられている。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、大鳥居が建っている。なお、その時の大洪水で被災した上流の十津川村の一部の集落の人々が、村を捨てて移住した先が北海道の新十津川村である。

大鳥居
大鳥居
大鳥居

大鳥居のあたりは、5時を少しまわったところですが、さすがに11月・・・

義母の祥月命日の熊野詣でした。

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