浜田城址
浜田城址
浜田城址

元和5年(1619)古田重治は、関ヶ原の戦功により浜田5万4百石の藩主となり
翌年、浜田城を築城しました。
天守閣は三重櫓の望楼式で高さは14mでした。
浜田藩は、古田二代の他、18代248年に及びましたが、
慶応2年(1866)長州との戦いで落城しました。

1枚目に写真は、明治3年に浜田県となりましたが、
火災で中心部が荒れ果てており、県政を司るにふさわしい建物もなく、
津和野藩より大広間と門を譲り受け解体・移築しました。
その後昭和41年に浜田合同庁舎が建設され、この門を浜田市が県より譲り受け、
藩政期のものを保存するにふさわしい場所として、この地に移転されました。
島根県浜田市 2000/04/01

浜田城址
浜田城址
浜田城址

門をくぐり浜田藩士も行き交っただろう「こもれび」石段を上る。
島根県浜田市 2000/04/01

浜田城址
浜田城址
浜田城址

今上って来た所を振り返る。
櫓跡も「今は昔」
島根県浜田市 2000/04/01

浜田城址
浜田城址
浜田城址

天守閣跡。
戦争に供出したのでしょうか?銅像跡があるだけでした。
土・日になれば、花見客で一杯になることでしょう。
島根県浜田市 2000/04/01

▲ページトップへ

SSL GlobalSign Site Seal